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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1682号 判決 1968年6月12日

第一審原告

高野達男

右代理人

浜口武人

外一名

第一審被告

三菱樹脂株式会社

右代理人

鎌田英次

外一名

主文

第一審被告の控訴を棄却する。

原判決中第一審原告敗訴の部分を取消す。

さらに第一審被告は第一審原告に対し金一二一万三、五〇三円三三銭の支払をせよ。

訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。

事実

第一審原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、第一審被告訴訟代理人は「原判決中第一審被告敗訴の部分を取消す。第一審原告の控訴及び請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は第一審原告訴訟代理人において「本件解雇は憲法第一四条、第一九条、労働基準法第三条、民法第九〇条に違反し、無効である。第一審被告の就業規則及び賃金規定には、毎年四月一日に昇給させる旨の規定があり、第一審被告と組合との間に結ばれた労働協約には、本給、職能給いずれについても定期昇給させる旨の協定がある。組合は毎年春闘のなかで定期昇給額、基本給等ベースアップの要求を出し、団体交渉により組合員平均額の回答を得、交渉を妥結してきたし、一時金についても組合と第一審被告との間に第一審原告の主張する各期につき協定が成立している。この各年度、各期における定期昇給額、基本給の増額等賃金改訂による平均昇給額及び一時金平均額に関する協定は労使双方を拘束するから、第一審被告は第一審原告を含む全組合員に対し平均昇給額及び一時金平均額を公正に配分して支給すべき義務がある。また、第一審原告が本件雇傭契約に基き、自分と同一条件下に勤務する、同種の従業員の賃金が従業員一般の賃金改訂により改訂された場合、これと同一の改訂賃金の支給を受ける権利を有することは当然である。ところが、右改訂により第一審原告と同期第一審被告採用の大学卒従業員に支給された賃金及び一時金の最低額は別表(一)、(二)記載の通りであるから、昭和三八年七月一日から本件口頭弁論終結日(昭和四三年四月一七日)までの間に第一審被告から支給さるべき賃金及び一時金のうち右金額合計二二四万五、八四二円三三銭(当審においては原審勝訴部分を控除した一二一万三、五〇三円三三銭)の支払を求める」と述べ、第一審被告訴訟代理人において「労使間の私法関係については、憲法に定める思想、良心の自由及び信教の自由の規定は適用も準用もされないし、労働基準法第三条も労働者を採用する際には適用がない。第一審原告主張の右事実中就業規則、賃金規定及び労働協約中に第一審原告主張のような趣旨の規定があること、第一審被告と組合との間で、毎年組合員平均昇給額に関して団交して協定が成立し、また、一時金平均額についても団交し、協定が成立したことは認めるが、第一審原告がその主張の金額の支払を受ける権利を有することは争う」と述べたほかは、原判決事実摘示の通りであるから、これを引用する。<証拠略>

理由

当裁判所の本件雇傭契約の成立及びその内容に関する判断は原判決のそれ(理由中一の部分)と同一であるから、これを引用する。

ところで、第一審被告は、第一審原告が、入社試験に応募した際、第一審被告主張の事実を秘匿する虚偽の申告をしたから、本件雇傭契約を解約し、または、詐欺による意思表示として取消す旨主張するけれども、右秘匿し、虚偽の申告をしたと主張する事実が第一審原告の政治的思想、信条に関係のある事実であることは明らかであるから、これを入社試験の際秘匿することは許さるべきであり、従つて、これを秘匿し、虚偽の申告をしたからといつて、詐欺にも該当しないし、第一審被告の申告を求める事項について虚偽の申告をした場合は採用を取消すべき旨予告されていても、これを理由に雇傭契約を解約することもできないものと解するのが相当である。すなわち、人の思想、信条は身体と同様本来自由であるべきものであり、その自由は憲法第一九条の保障するところでもあるから、企業が労働者を雇傭する場合等、一方が他方より優越した地位にある場合に、その意に反してみだりにこれを侵してはならないことは明白というべく、人が信条によつて差別されないことは憲法第一四条、労働基準法第三条の定めるところであるが、通常の商事会社においては、新聞社、学校等特殊の政治思想的環境にあるもの異なり、特定の政治的思想、信条を有する者を雇傭することが、その思想、信条のゆえに直ちに、事業の遂行に支障をきたすとは考えられないから、その入社試験の際、応募者にその政治的思想、信条に関係のある事項を申告させることは、公序良俗に反し、許されず、応募者がこれを秘匿しても、不利益を課し得ないものと解すべきである。

第一審被告が雇傭契約締結の自由を有することは疑いないけれども、このことは入社試験の際に前記のような事項の申告を求めることが憲法その他の前記各法条の精神に照らして違法の評価を受けることと相容れないものではない。

のみならず、第一審原告は第一審被告との間の雇傭契約によりその従業員となつたものであり、この事実はたとえ取消の意思表示がなされたとしても抹殺し得ない事柄であつて、詐欺による取消に遡及効があるか否かに関係がない。すなわち、第一審被告の主張する詐欺による雇傭契約の取消は、当時第一審原告の持つていた従業員たる地位を喪失せしめるものであり、その実質において解雇と同一の作用を営むものというべく、従つて、その効力についても労働基準法の適用を受ける。ところで、第一審被告の主張するところによれば、第一審原告が秘匿し、虚偽の申告をしたとされる事実はすべて第一審原告の思想、信条に関係ある事項に属するものであり、かかる事実を後日の調査によつて知り得たとして雇傭契約を取消すことは第一審原告の抱く(もしくは抱ていた)思想、信条を理由として従業員たる地位を失わしめることとなり(第一審被告は第一審原告が従業員として暴力的、反社会的活動をしたというのではない)労働基準法第三条に牴触し、その効力を生じないといわねばならない。

そうしてみれば、本件解約(本採用拒否)の意思表示も、詐欺による取消の意思表示も無効というべく、他に不適格事由(第一審原告が過去に過激な学生運動をしたことがあつたとしても、そのことが直ちに管理職要員としての不適格事由となるものとは認められない)について主張も立証もない本件においては、本件雇傭契約は依然存続し、昭和三八年七月一日以降は一般の雇傭契約となつたものと解するほかはない。

ところが、第一審被告が昭和三八年六月二八日以降第一審原告を従業員と認めず、その就労申出を拒否していること、就業規則、賃金規定及び労働協約中に第一審原告主張のような趣旨の規定があること、第一審被告と組合との間で毎年組合員平均昇給額に関して団交し、協定が成立し、また、一時金平均額についても団交し、協定が成立したことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、昭和三八年から昭和四二年までの間に右各協定に基いて第一審原告と同期第一審被告採用の大学卒従業員に支給された賃金(月額)及び一時金の最低額は別表(一)、(二)記載の通りであることが認められる。

<証拠>によれば、第一審原告が組合から組合員資格を認められたのは昭和三九年に第一審原告が本件を本案とする仮処分訴訟で勝訴した直後であることが認められるが、<証拠>によれば、組合と第一審被告との労働協約にはユニオンショップ制が協定されていることが認められ、右事実によれば、組合と第一審被告との労働協約は労働組合法第一七条所定の要件をみたし、一般的効力を有するとがこ認められるから、前記各協定の効力は第一審原告に、その主張の全期間を通じて、及ぶものと解すべく、第一審原告には勤務成績が不良であつた等右各最低額の支給を受け得ないような事由のあることは認められない。従つて、第一審被告は第一審原告に対し少なくとも右最低額の昇給、一時金の支給を行うべきであつたものというべく第一審被告が第一審原告に対し右最低賃金、一時金合計二二四万五、八四二円三三銭を支給すべき義務を負担していることは明白である。

よつて、本件雇傭契約上の権利を有することの確認を求めるとともに、右賃金及び一時金の支払を求める第一審原告の請求は理由があるから、第一審被告の控訴を棄却し、原判決中第一審原告敗訴の部分を取消し、第一審勝訴部分を除くその余の請求を認容することとし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用し、主文のように判決する。(近藤完爾 田嶋重徳 小堀勇)

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